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🔑 この記事のキーポイント

  • 🍯赤いはちみつは1998年開業の花カフェアイバレーのオーナー石川淳子が生み出した
  • 🍯北海道・伊達市大滝区の清らかな空気と水の中、ルージュファームで育ったアロニアを使用
  • 🍯アロニアとはちみつのブレンドに7年間を費やし、納得のいく配合を実現した
  • 🍯息子の「色は大切」という一言と母の染色の知識が「赤いはちみつ」という名前を生んだ
  • 🍯地元の特産物と地元のはちみつを合わせた唯一無二の特産物にするという考え方が根底にある

食べ物を選ぶとき、「誰が作ったか」を知っていると、安心感が違います。

はじめまして。花カフェアイバレーのオーナー、石川淳子です。

赤いはちみつは、私が北海道・伊達市大滝区という山あいの地で生み出しました。有珠山噴火、偶然の出会い、7年間の試行錯誤。この一本のはちみつには、そんな長い物語があります。

商品の背景を知ってから手に取ると、味の感じ方が変わります。この記事では、赤いはちみつが生まれるまでの話を、そのままお伝えします。

赤いはちみつはどこで、誰が作っているのか

北海道・伊達市大滝区という場所

私の本店「花カフェアイバレー」は、北海道伊達市大滝区にあります。空気と水がきれいな山奥の地です。

大滝区はアロニア栽培に適した冷涼な気候を持っています。大滝区の清らかな空気と水の中、丁寧に管理されたルージュファームで育ったアロニアが、赤いはちみつの原料です。

北海道・伊達産アロニアの品質についての詳細は、「北海道・伊達産アロニアが選ばれる理由|品質にこだわるルージュファームの話」もあわせてご覧ください。

1998年、花カフェアイバレーの開業

1998年10月10日、私と母の石川愛子によって花カフェアイバレーは開業しました。

私の母は染色家であり、アイヌ文様刺繍研究家でもありました。古くから伊達市に伝わる藍染めを修学旅行生に教えていましたが、2000年の有珠山噴火によって修学旅行のルートが大幅に変わり、その活動を断念せざるを得なくなります。

一本のはちみつが生まれるまで

偶然の出会いから養蜂が始まった

あるとき、巣箱を積んだトラックを運転するドイツ人養蜂家がたまたま通りかかりました。私はトラックを追いかけ、追いつき「養蜂を教えてほしい」とお願いします。この偶然の出会いが、花カフェアイバレーの養蜂の始まりでした。

ミツバチが集めた花カフェアイバレーのはちみつ。そこに、大滝特産のアロニアを加えようというひらめきが生まれます。ほんの少しのひらめきと体への思いやりから、赤いはちみつの構想がスタートしました。

7年間の試行錯誤

アロニアとはちみつのブレンドは、簡単ではありませんでした。風味・色・食感のバランスを整えるための試行錯誤が、実に7年間続きます。

最初は「アロニアのはちみつ」という名前でスタートを切りました。しかし、息子の「色は大切」という一言が私に大きな影響を与えます。母の染色の知識と、息子の言葉。その二つが重なって、「赤いはちみつ」という名前が生まれました。

母の染色の知識がなければ、美しいルビー色のはちみつも誕生しなかったことでしょう。

アロニアへの見方が変わった瞬間

もともと私はアロニアを「渋いから好きになれない」と感じていました。しかし、その栄養素が飛び抜けて高いことを知ったとき、見方が一転します。

ロシアから大滝に移植されたアロニアが、私の人生に新たな展開をもたらすことになりました。地元の特産物を、地元のはちみつと合わせた唯一無二の特産物、それが赤いはちみつの本質です。

赤いはちみつの特徴や成分については、赤いはちみつ完全ガイドもあわせてご覧ください。

次の世代に残したいもの

北海道を盛り上げたいという想い

私が赤いはちみつを作り続ける理由は、「何か次の世代に残せることをしていきたい、北海道(地域)を少しでも盛り上げたい」という想いからです。

私は唯一無二の赤いはちみつと母の想いを継承することを決意しました。赤いはちみつは商品である前に、家族の歴史と地域への愛情が詰まった結晶です。


北海道・伊達の大地と、7年間の試行錯誤の末に生まれた赤いはちみつ。まずは毎日のスプーン2杯から、試してみてください。

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❓ よくある質問

Q花カフェアイバレーはどこにあるのですか?
北海道伊達市大滝区にあります。空気と水がきれいな山奥の地で、本店として1998年10月10日に開業しました。
Qアロニアはどこで栽培されていますか?
伊達市大滝区のルージュファームで栽培されています。大滝区の冷涼な気候と清らかな水の中で、丁寧に管理された環境で育てられています。
Qなぜ「赤いはちみつ」という名前になったのですか?
最初は「アロニアのはちみつ」という名前でしたが、息子の「色は大切」という一言がきっかけで名前を変更しました。母が染色家だったことも、色への意識を高める背景にありました。